
←綺麗な「花カゴ」。僕の中学・高校時代の同級生(記憶の中では女の子)がくれた。ありがとう、36年振りじゃないですか?前日(金曜日)、探していた僕の電話番号にたどり着いて、留守だった僕に代わって、奥さんとずいぶん話したそうだ。僕が言うまで、ガンで予後治療をしていることも知らず、明るくて良い奥さんだねー、と褒めてくれた。そして、翌日のこのライブを聴きに来てくれたのだ。なんと会場「イース・トコート」のある東飯能の隣町、日高市に住んでいるという。花は(素敵な?)奥さんへのプレゼントとなった。

↑みゆき楽団。
今夜はベースの「三代目」を迎えて、ギターの「タケちゃん」とパーカッションの「ヒトシちゃん」の4人。心地よい緊張感があり”いつもより余計に”ノッて演奏できた。
僕らの前に歌った3人のソロ・シンガーも完成度が高く、熱く気合が入っていたし・・・何と言っても、懐かしい(記憶の中の)女の子が、じっと見ていたからだ。どうもありがとう。まだ同窓会などで付き合っているという、懐かしい同級の友に伝えてください。
「みゆきも少しは成長していたよ。」あるいは、「こんなに”爺い”になってしまっていたよ。」でも良いや。

←ゆういち。
歌姫「まゆ」も、娘たちも忙しくて聴きに来ない。
まさに裸のソロの「ゆういち」の雄叫びだ。歌が強くなったな。
前から大きい声だけれど、それとは違う、歌いこんで魂の入った「歌声」だった。
僕もこのくらい声が出れば良いのだが・・・声帯は年とともに「自称・味わい」を残しつつも音量が伸びなくなっている。
もう「ゆういち」が自信を持ってソロを歌い、「歌姫まゆ」がハーモニーを乗せる、という曲も完成するだろう。
ところで、僕は絶対使わない「譜面台と歌詞のノート」。これも今の「ゆういち」にとっては単なる保険に過ぎない段階に入っている。もうフトコロから言葉が出ているから必要ないのだ。
歌詞カードを読む、ということは人それぞれの考えかたで良いが、僕はそれではメッセージを伝えられない。

←市川和男
前回は「イースト・コート」のオーナーが理事を勤める「てんた里山の会」(天覧山・多峰主山を守る会)のトラスト・コンサートで聴いた。プロで活動を続ける、新進のシンガー・ソングライター。完成したギターワークや歌声はさすがである。しかし、
前回の市民会館ホールではプロのサービス精神からか、お客さんに合わせた、やわなヒットメドレーみたいな選曲をしていた。さらに、飯能の自然写真家「市川和男(同姓同名)」のスライドショーのバックグラウンドとして、控えめな演奏をしていて、僕にはどうもピンと来なかったのだ。
もっと骨太なイメージがあったのに、声が優しくて上手な歌のお兄さんかー、という印象だった。
だが今回は、奥さんと共にやって来て、まっすぐなラブソングを彼女に捧げるようにして歌いきった。こっちが正しい姿だな。
僕は「こんなラブソングを彼に書かせたあなたは凄いね。」と言って、先に彼女のほうに握手を求めたのだった。

←ヤマモトシンゴ
いつも手馴れたような、危ういような、不可思議なギター・ピッキングを聴かせる。複雑なコードとリズムが緊張感をかもし出し、そこに乗っかる歌がまた、不思議な言葉の世界を持っている。
前はいろんなエフェクターをぞろぞろと繋いで、リフレインのループを作ったり、それをPAから流しながらリードパートを弾いたりしていたな。・・・しかし、こういうのは「一人バンドごっこ」に陥り易くて、聴いているほうはそんなに楽しくはないものなのだ。
いつも僕の言っていたことはただ一つ。「エフェクターを捨てちゃえよ!」であった。
実際に僕は何のエフェクターも使っていない。(さんざん試して、いらない!という結論に至った。)
それがアドバイスとなったか、皮肉と聴こえたか、彼は本当にギター1本の音で勝負するようになった。僕がシンゴのファンになったのはそれからだ。
息子のような年齢の連中であり、僕らが30数年もやってきたことを、共に進行形で続けているから、結構皮肉な事を書く。自分達の演奏はどうだ?と言われたら・・・「君達より歴史が永い」以外に返す言葉は無い。しかし、僕も前はこんな風に試行錯誤していたな、歌詞が飛んで笑ってしまったり、自信の無いまま新曲を持ってきて失敗したりしたな、と思うのだ。僕がいま偉そうにライブでトリをやらせてもらえるのは、彼らの年代を同じく過ごし、辞めずに続けたこと。「みゆき楽団」の、30年同じ釜の飯を食った仲間たちが僕を支えてくれているからだ。このバンド仲間と歌うのには、なんの心配も無い。僕の息遣いと後姿の揺らぎで全てコンタクトが取れる。バンドを作ろうと相談したり、メンバー募集なんかもしたことが無い。おかげさまでものすごく居心地良く、自分の歌を歌わせてもらっている。ありがとうなー・・・・。感謝!