みゆき楽団歳時記
MIYUKI-BAND みゆき(おじさん)のアコースティックバンド活動・猫イラスト・猫自慢・フライフィッシング日記・工作・・・散らかってます。ごめんなさい
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里帰りの猫2匹・今日はお迎え、さようなら
2匹タワー瞳対面 27日に里帰りしてきた2匹も、今日は里親「ルンバさん」親子が迎えに来て帰ってしまいました。僕らにも先住猫にも慣れ、記憶が蘇って遊び始めた昨日の3日目からは、一晩をみんなで一緒に過ごせたね。
 これは初日のご対面。ドア越しに、カリンとちびこが覗いてます。瞳は「フーシャー」のご挨拶だ。タワーの上から2匹かたまって、下の猫たちを監視している。大きい猫は君たちを可愛がってくれたカリン姉ちゃんとムーン兄ちゃんだよ・・・。思い出せないか・・・。
ライトタワー   瞳タワー
 これは今日の午後、お迎えを待っている、すっかりリラックスした2匹です。さすが兄妹、ポーズが同んなじ。
瞳廊下   ライト廊下
  だいぶ環境に慣れて遊び始めました。自分よりあとからきたと思い込んで怒っている「ちびこ」を離して、廊下で思い切り遊んであげた。「ちびこ」や、お前は知らないけど、この2匹は先輩なんだよ。
 まだまだ子猫だね、いろんな匂いが気になって嗅ぎまわっていても、オモチャを放ればご覧のとおり。可愛いしぐさがたまらずに、カメラを構えて撮りまくる(もと)お父ちゃんなのでした。
ライト湯船 ところでライトはなぜかお風呂場や湯船が大好き。ルンバさんの家でも、シャワーの音を聴くとお風呂場へ遊びに来るという。ネコジャラシの葉っぱをあげたら、1本くわえて水を抜いた湯船に持って行き、一人で遊んでいる。
 小さいとき、うんちがへたくそでよくシッポや足を汚し、そのたびお風呂に入れたからね。水は平気だし、この湿った匂いが好きなんだろう。
 ゆうべはもう別れてしまうと思って、たくさん遊んでいたら、旅行の帰路からメールが来た。疲れて眠った子供たちが、お迎えに一緒に行きたいので明日にします、と。
 よし、じゃあもう一晩、遊んで食べてウンチして。というわけで今日のお迎えとなった。
 さよならライト、瞳。またおいで。洗濯袋に入れられておとなしくおうちへ帰りました。


カリンとちびこ  はい、やっとカリンを一人占め。気兼ねなく甘える「ちびこ姫」なり。フーシャーしか言わなかったけど、「ちびこ」もいろいろお疲れ様でした。お友達は帰ったよ。
 お迎えのあいだは隠れていたカリン姉ちゃんも、子猫たちとのお別れだ。前みたいには仲良く出来なかったね。
 事情の解らない猫たちは、出会いも別れも突然で、人間の都合で理不尽で、不思議な喪失感と寂しさを感じているはずだ。また会えるだろうか、なんてことは考えず、それでも短い出会いを優しさで包み、さりげない日常に戻っていく。
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テーマ:猫と暮らす - ジャンル:ペット

猫2匹の里帰り・懐かしい(もと)うちの子猫たち
ライト瞳 へその緒付きでママ猫とはぐれ「ねこの会」に保護された“ライト”(左・旧名:も?君)と“瞳”(右・旧名:まなちゃん)です。うちで人工授乳して育った2匹。 優しい里親さんにめぐり合い、こんなに大きくなって帰ってきた。夏休み最後の家族旅行の3日間、うちで預かることにしたのだ。
 良い子で待っていられるかな?・・・
 里親のルンバさん親子が預けに来て、たった3日間でもなごりおしいお別れだね。いっぱい写真を撮ってさよならを言う子供たち。
お別れ 6月に1・5ヶ月でもらわれていったこの2匹、僕の「この日の日記」も今は懐かしい。
 もうすぐ月齢4ヶ月、うちから旅立って2ヶ月あまり。母親のように面倒を見てくれた先住猫のカリンも、遊んでくれたムーン兄ちゃんも忘れてしまっているようだ。対面したとたんに“ライト”は「シャー!」“瞳”はタワーのてっぺんに避難。もう一度、我が家の環境に慣れるまでは仕方ないね。慣れたころには行ってしまうんだけど。
 不思議そうな顔をして見つめるカリンが不憫で、僕が言う。
「あんなに可愛がってあげたのにねー」
ご対面 でもこの子達にとっては大変な試練なのだ。また捨てられたと思ってしまうかもしれないし、過去に会っているとはいえ、今は忘れてしまった見知らぬ大人猫はかなり怖いだろう。
 一回り小さい「ちびこ」に興味津々見つめられて、いすの下から出て来られなくなってしまった。何日かすれば仲良しになるのは解っているけど、3日間の滞在が心苦しいことなら可哀想だ。
 仕方なく、今は空いている息子の部屋にトイレと食器を移して、別居生活をして頂くことになった。ドアを少し開けておくよ、落ち着いたら皆んなのところへ出ておいで。

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僕らと猫の夏休み・オリンピック応援の日々です。
もう仕事も動き出した。いつまでも夏休み気分を引きずってはいられないので、ひさびさの更新で失礼します。楽しかった夏休み。土曜日のイースト・コート・ライブ。盛り上がってとても楽しかった。昨日、日曜日の大森池、カヌーと水遊びとライブ。みんな小雨の中、傘をさして、僕らの演奏を聴いてくれた。
3にゃ
 残暑きびしきおり、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕ら夫婦と猫たちの夏はご覧のとおり、身を寄せ合って仲良くけだるく過ごしております。写ってなくても人間も同様、でろんと並んでオリンピック応援の日々でした。
なでしこ応援 参加することに意義がある。オリンピックの最初からそう思ってみている僕は、日本チームが負けてもそんなに悔しくはないのです。金メダルが取れなくても、初戦敗退で涙を見せても、
「この4年間ベストを尽くした。悔いはない!」と、インタビューに答える選手の言うとおりだ。どんなに強い相手にも、心が折れないことがすごいのだ。
 期待していた男子サッカーは残念、負けてしまった。あとは「なでしこジャパン」のノルウェー戦を「ちびこ」と一緒に応援した。立って手を出して、なでしこがんばれー!とボールを追う。5?1で勝利の大健闘。中国にも勝ったから今夜は準決勝だよ。「ちびこ」また一緒に応援しよう。
 日本はメダルにこだわりすぎるし、取れなかった選手へのあからさまな報道差別も大人気ない。敗れた人にも、素晴らしいドラマがあるはずなのにね。姉ちゃんと水
 何度挑戦しても金メダルを取れない選手、国民の期待が重圧を与えて可哀想だ。怪我をしていても言い出せず、苦しみだけの戦いを余儀なくされる。そんなのじゃ「オリンピックの女神」は、日本選手には微笑む気にもなれないだろう。
「テイク・イット・イージー」と言って送り出し、負けても勝っても「グッジョブ」と言って迎えればいいのだ。
 もともと勝負や争いの嫌いなお父ちゃんが育てたので、カリン姉ちゃんも争わない。自分専用のお水のコップに、かならず同時に顔を突っ込む「ちびこ姫」・・・いいよ怒らないよ、なんでも一緒が良いんだね。

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平和とは・・・オリンピックの善き日のニュースに
 皆さんどうもありがとう!FC2のカウンターを見たら、今日でご訪問者さま10万を超えていた。だらだらブツクサと書き続けて2年2ヵ月。じつにありがたいことです、感謝します。きっとタレントさんブログなら、一日のヒット数にも満たないのだろう。でもここには、まじめで誠実な人ばかりが訪れてくれている。わが拙ブログの誇りです。
 そんなふうに喜んでいたら、今日は嫌なニュースを見た。
 オリンピックという平和のための祭典が開幕してまもなくだというのに、この国の指導者達は何を考えているんだろう。グルジアからの分離独立を求める南オセチア自治州での、ロシアとグルジアの軍事衝突。
 速報が出ていた。→http://www.asahi.com/international/update/0810/TKY200808100270.html
 ロシア軍は軍艦を連ねて黒海を封鎖し、州都の軍空港が爆撃されたという。
 オリンピック表彰式の合間に、テレビで流される傷ついた子供たち、たくさんの死傷者の映像を見た。
 こんなのはやりきれないな。もういいかげんにして欲しいのだけどな。

 戦争はいつも権力者の欲望と、おろかさとが引き起こすものだと思う。そして被害者は銃を持つ兵士。母と子供と年寄り、弱きものだ。
 前回の記事の結論のようにして、僕は
「平和とは、単に戦争がないということではない」と書いた。
 戦争が終わったからといっても、戦後の混乱期は平和のうちには入らないだろう。まして、飢えと貧困と疫病がつづき、子供たちが死んでしまう国ではなく。手足のない子供たちが放置され、路上に暮らすような国ではなく。
 平和とは、政治的な憎しみや疑いといった、戦争の原因がないことだと思う。武器を作る大企業も、死の商人もいないこと。軍隊も、国境もないこと。人種と民族と宗教の違いが誇りとなって、たがいの文化が尊重され響きあうこと。貧富の差や、健常者と障害者の差別がないことだ。

 さらに僕が希望して良いのなら
 地震や津波、台風といった自然災害も、どうか地上の局所に激しく現れず、分散した緩やかな変化として、また畏敬を伴う雄大な力として、現れて欲しいと祈ります。
 地球規模の環境変化に適応するような、最新の技術も完成して欲しい。
 人為的な環境汚染を防止し、人類の発展が生態系を壊さぬように研究開発していただきたい。
 そしてさらに、これら世界の悲しみに付けこんで私腹を肥やすような人たちが、どうかこの世からいなくなるように。全ての現象が平安で、命あるものが苦しまないように。

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ナガサキ原爆忌
 1945 0809 11:02
  この数字を覚えておきたいです。ナガサキの原爆忌。今日のテレビでは、追悼式典の中で黙祷を捧げる人たちも写し出された。僕のふるさとは福岡県八幡市、今の北九州市八幡区です。

 当初の原爆投下予定地は隣町の小倉であったが、八幡はすでに製鉄所への空襲で炎上していた。火災の煙と悪天候で予定が変更され、残った燃料の関係で、一番近い晴れた都市「ナガサキ」へ、ほとんど意味なくただ落とされたのだという。機体を軽くして帰還するために。
 すでにヒロシマで壊滅的な被害を受け、終戦を余儀なくされた日本への再びの源爆投下は、
「ヒロシマで不足していた爆発と被害のデータを補うため」だった、と。

 僕は1954年に八幡で生まれた。そのわずか9年前の上空を、B29とプルトニウム原爆が通過したのだ。
 もしもその日、上空が晴れていたら
「あんたは生まれていなかった」と、祖母が戦争体験を語ったのは、おそらく僕が小学校低学年のころだったと思う。でも僕は生まれ、今日もブログを書いている。今日はいま在る僕が、戦争と平和の意味を考えなくてはいけない日です。
 北京オリンピックが開幕して、開会式の数万発の花火が平和の方向を遠く示して感動的だった。それは、過去の災禍と人類の誤謬を洗い流すかのようだった。

 でも忘れないで、みんな語り継ぎ、何度も何度も同じことを書く。ヒロシマ・ナガサキに原爆が落ちてみんなが死んだ!
 ナガサキ投下のこの原爆を「ファット・マン」という。ヒロシマの「リトル・ボーイ」の1.5倍の威力を持つ、その大きさへの「愛称」だ。この「太っちょ」はナガサキの市街地6万7千平方メートルを焼き尽くし、14万人の人が死傷した。放射能の影響は後遺症となって被爆者を苦しめ、この数はいまも増え続けています。

アメリカにはいまでも、ヒロシマ原爆投下のB29爆撃機(エノラゲイ)を保存し、英雄として記念する「もと搭乗員」の同窓団体がある。
 戦争は絶対にしてはいけない!また、これらの殺戮者を英雄視してはいけない!そのうえで平和とは、単に戦争がないということではない!

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「エコ・バッグってエコじゃないの?」環境問題はややこしや(その3)
「本当に未来のことを考えてるのかな?」と疑いたくなる「CO2排出権取引」国際的な罰ゲームに見える、複雑で遠回りな削減方法だ。その仕組みは良く理解できないけども、日本が世界有数の良い買い手となって、法外な値段を吹っかける人を儲けさせるだろうことは解る。それでも、少しでも減れば良いじゃないか、という文脈になってはいけない。
 人為的なCO2(その他温室効果ガス)の排出が環境破壊に繋がる、という因果関係はまだ論証されていないのだそうだ。影響はあっても全体の中のほんの一部であり、その他の要因と複雑に絡まっている、と。
 それなのに今の段階で国際的ビジネスとして、地球の危機がガスに対価換算され、売り買いされるのは何故なんだろう。=そこに商売が成り立つから、だよね。
 地球や人類の危機は置いといて、権利を買ってCO2を削減したことにして、それを売って儲ければより豊かになれるじゃん!という、どうもそういう仕組みらしいのだ。
 その豊かさで研究開発を進め、本当の意味の環境技術を確立してくれれば嬉しいけどね。
 当面の便利さと欲望には勝てなくて、存在自体が「地球に優しくない」われら人類はとても悲しいです。
 妖しげな噂が広がって人心を操るのを、マス・ヒステリーと言うそうだ。メディアが間違った情報、あるいは故意の嘘をもとに大衆を扇動し、危機感を煽り、色んな歴史的事件が起こってきた。ナチス、日本軍国主義などの戦争や、オイル・ショック、食肉問題、(薬害を含む)エイズ、ハンセン病、あらゆる差別とバッシング。
 後になって誤解が解け、正反対のことが世間の常識となることも多いよね。

 となり町、所沢で起こったダイオキシン騒ぎ。応援していた地元議員を巻き込んでの大騒ぎは人ごとではなかった。その議員はのちに、正義のヒーローに押し上げられた。ついでに、環境データの調査会社が儲かり、高価な新型焼却炉の販売業者の売り上げが伸びたそうだ。・・・そして、いつの間にか忘れられた。
 じつはダイオキシンは、当時言われていたほどの毒性など無かった。必要以上の危機感をあおっただけの、あまり科学的でない猛毒騒ぎだったのだ。不買運動を起こされた野菜農家にとっては、ダイオキシンよりも風評被害のほうがすっと猛毒だったというわけです。
 ここで混乱した思考は最初に戻るけども、僕が言いたいのは次の一点です。
 地球環境の研究が進んで、もしも。・・・温室効果ガスは温暖化にそれほどの悪影響が無く、温暖化自体も生態系にそれほどの影響は無く、極地の氷は溶けずに、海水面が6mも上がらないとしたら。
 いまそれらを悪魔のように忌み嫌いつつ、エコ・ブームの世論を操って、金儲けの道具として上手く利用している人たちはどうするのだろうか。
 極地の沿岸部で暮らす白熊は現実に生息域が狭まって可哀想だが、それがすべて石油文明のせいだとして否定しても始まらないと思うのだ。僕らは罪悪感を抱き、矛盾を感じつつ、レジ袋を倹約するだけのジレンマに陥る。
 その裏で、企業はエコ・マーク入りのコマーシャルを作り続け、対環境のイメージ・アップを着々と進めて、新たな大量消費のニーズを作り出しているのではないか。
 混迷を深める僕らに、科学者は言う。
「0.5度くらい平均気温が上がっても平気!」
「温暖化で地球の生態系は破壊される!」
「動物種が絶滅するのは太古からの地球の慣わし!」
「環境技術の開発は最も大きな石油資源の無駄!」
 さあ、あなたはどれを支持しますか? 

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「エコ・バッグってエコじゃないの?」環境問題はややこしや(その2)
 前回の続きがだらだらブツクサと続いて、一向にまとまる気がしません。それにしても・・・
 エコの記事を読んだりネット検索したりしていると、なんだか母なる地球にハエがたかってるような嫌?な気持ちになる。覇権を争うハエの王様に牛耳られているような気持ち・・・そんなの僕だけかな?

 たとえば、ゴミ分別やペット・ボトルのリサイクルが、低効率であまり実体のないもの・・・法律に守られて多くの税金を無駄にする、お役所のスローガンみたいなものだ、と報道特別番組が言う。
 下手な喩え話だけど、行政のエコは「10円節約するために1万円使っている」なんて言うヤツもいるんだ。1万円は僕らの税金ですよ。しかし、これもいくらか本当のことらしいのだ。
  いまやテレビでも、エコ・バッグの普及に伴う省エネルギーの真偽が取りざたされている。エコ・バッグの材料
100gあたりに、スーパーの買い物レジ袋で4?50枚分のエネルギーが必要だというのだ。
 エコと言うなら、その枚数のレジ袋をお断りし、そのあともマイ・バッグを使い続けなければ意味がない。
 そのうえで、日本人が使っているのは、ほとんどが中国製の安価なエコ・バッグだそうだから、日本は材料費も人件費もズルしてることになる。環境を改善し、石油資源を節約するためのエコ運動が(※いまはまだ・・・)あまり効果を発揮していないということだね。
 
 無料で配られる割り箸も、そのほとんどは中国製品だそうな。使う人が減れば、材料を採っていた中国の里山は荒れ、林業もすたれる一方となるらしいが、これがなぜ環境保護なのだろう・・・。
 日本の里山はとっくに荒廃して、いまは見かねた市民ボランティアが守っているけどね。

 莫大な税金が投入され、一部の結託した業者が儲かる?そんなエコ・ブームの影にある不条理な環境破壊。より被害を受けるのは他国であっても、そんなの関係ない!とは言っていられなくなった。
 世間のエコ・ブームや、企業の打ち出すファッションには流されないほうが良い。マスコミやお役所が発表するエコ計画も、あまり信用してはいけない。数年後に、
「あのときの情報は全部間違いでした」と、訂正とお詫びをするのは良くあることだ。あまりに素直な優等生だとがっかりするよ。
 これは仮説です、と言いながら、CO2削減を邪宗信仰呼ばわりする反対派がいる。また一部には、最悪の未来を示して脅しをかける学者がいる。目的はなんだろう。僕らは何を信じれば良いんだろう。
 ややこしくて解らないね。
 ともかく今は、一人一人が自然や資源や環境と向き合う、自分のスタイルを持てれば良いと思うのだ。
 ところで、うちの奥さんは「安かった」と言ってエコ・バッグを買った。でも、僕が出かけたついでに買い物をするときは、レジ袋をもらって詰め込んでくる。市販の透明ゴミ袋はスーパーのレジ袋よりも石油を使うというのに、そのエコ・バッグのおかげで新たに消費量を増やしたというからさ。僕はレジ袋を廃棄せずに、水切りした生ゴミを容れるために使う。そのぶん透明ゴミ袋を買わないで済むからね。

 僕はケチなのだろうか。楽器や画材に掛けるお金はちっとも惜しくないけれど、食材や紙や日用品はけちけち使うのだ。・・・「MOTTAINAI」が世界共通語になったのだから・・・「KECHI」もなかなか、良いのではないかい? 

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「エコ・バッグってエコじゃないの?」環境問題はややこしや(その1)
焚き火小さな焚き火の美学・ついでに冬の川原でエコを考えた」なんて長いタイトル。
 去年の12月17日に趣味の焚き火の記事を書いた。
(僕のタイトルはいつもしつこいねえ・・・)
 読み返すと・・・なぜか途中から僕の文章は、流行のエコ・ブームとやらを疑う話になっているのだ。
 これは、ある環境学者の本を読んで影響を受け、ブームへの反論として考えていたことだった。当時はまさに、エコ・バッグやマイお箸などのエコ・グッズがもてはやされ、ゴミを分けることやスーパーの買い物袋と割り箸をもらわないことが美徳とされていたからね。
 しかし、その本が全て正しいとは信じられなかったので、僕は少しビビって「反論を待ちます」なんて書いている。なんたって難しい話なんだから。
 そしてブームから1年あまり。エコ奨励主義だったニュースや、テレビの特集番組がしだいにトーン・ダウンしてきたよ。それで僕もふたたび「エコ・バッグってエコじゃないの?」と思い始めてしまったのだ。
 いま、テレビではバラエティーでもエコをやっている。複雑な問題である地球の温暖化と、海水面上昇の単純な因果関係(極地の氷が溶けて島が沈む、というやつだ)小学校の理科を無視したこの勘違いも、まじめなクイズとして指摘され始めた。 
「わが国、ツバルが海に沈むのはあなた達の文明のせいだ!」と、日本の若者がツバルの大臣に叱られていた番組(あいのり)は、悪いけど僕はピンと来なかった。日本のメンバーが可哀想だったね。・・・そこへ
「海水面温度の上昇は積雪量を増やし、極地中心部の氷を厚くしてる」とか、
「ちょっと昔は氷河期が来ると騒いでいた、いい加減な環境学者たち」なんてことが次々に出てくる。
「(※人為的な)CO2排出量の増加が地球温暖化に繋がるというのは、1つの仮説に過ぎない」とか、あるいは
「緩やかな温暖化と寒冷化を繰り返すのが本来の地球」という説明も、言われればそうかなと思わせる。
 はじめに僕が読んだという本の、作者の結論はこうである。
「個人のエコ運動なんか辞めてしまえ。車を1台減らせば済むのだ!」
 おもに石油資源の枯渇問題に対して言っているのだが、しかし、極論に傾いても意味がない。実現不可能な提案はかっこ良くない。
 情報のシャワーには疑ぐり深いワタクシ・・・どうも長くなりそうで、この話は次回へ続きます。 

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おてんば「ちびこ」の・子猫成長記・甘えんぼ
 こんなおてんばな女の子は見たことない。過去の猫たち、女子はみんな気は強くとも、静かで凛としていたものだよ。「ちびこ」は元気です。真夜中の運動会も猫釣りおもちゃのじゃらし遊びも、大人猫2匹があきれて動きを止めるほど。はげしく忙しく動き続ける。
顔繕い ちびカプ? カリンは大変
 寝ているカリンを起こしてお顔を毛繕いしてもらう。人間には触らせてくれないから、カリンお姉ちゃんに任せているのだ。お尻まわりも清潔そのもの、目やにもとれて綺麗になった。
 遊んで欲しくて仕方ないので、いきなりかぷ?と噛み付かれるのが、カリンの災難。
 軽く猫パンチを食らって叱られる。それでも「ちびこ」が飽きるまで、ちゃんと付き合ってくれるのだ。
ちび指を噛む
 2匹の遊びの最中にそっと手を出すと、こんなときはちびこもちょっとだけ噛んでみる。首や背中を撫でさせてくれる。1匹でいるときは絶対にしないしぐさ。近づいただけで、ささ?と逃げてしまうのだ。
 真夏の一日、僕のとなりで寛ぐカリン。ぺたっとくっつく猫の画像は暑苦しいねー。それでも、カリンはお父ちゃんのそばが好き。そこへ「ちびこ」もやってくる。お父ちゃんは体温上がるけどとても嬉しい。
 コタツ布団の膝に猫2匹・・・はやく冬にならないかなあ。

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