
僕のもう一つの趣味、焚き火です。
寒くなると川原に来て、僕はこのようにグリルの中で小さな火を起こす。薪はストーブ用のナラの木を買ってきて、鉈で小割し丁寧に炊きつけを組む。その上に太いままのものを大胆に突っ込んでから、いかにも少ない火種で一気に燃やすのだ。キャンプファイアーのように綺麗に井桁に組む方法も良いけれど、それでは火のご機嫌を見ながら、やけどをしながら、焚き火を「いじる」楽しみが無くなってしまう。
あとはじっと手をかざして、火の神さまと話をする。まことに贅沢で、スピリチュアルな遊びであるね。風に流れる煙をみつめ、ギターの音をゆっくりと合わせて、楽団の友を待つ日曜日の午後。「川原焚き火ライブ」の始まりです。「みゆき楽団」は空の下、風の中の野外が好きだ。夕暮れまで歌えば、散歩の人々が足を止め、犬も首をかしげ耳を傾けるよ。
自然を愛する川原びとの正しい焚き火は、小さくて効率が良く、燃えているときも終わったあともじつに美しいものなのだ。これはファッションやレクリエーションのアウトドア雑誌では無くて、野田知佑・植村直巳の冒険記やマタギの伝承本で学んだこと。この美学としてのアウトドア感は、なかなかにストイックな営みである。
夏の川原でじかに石組みをして、大きな火を焚くのも楽しいものだ。しかし、そこでBBQをして食べ残しを置いていったり、ビールの空き缶を投げ込んで帰る夏場の川遊び客は、本当には自然を愛していない。泥酔して騒ぐのなんてもってのほか。ロケット花火をぽんぽん飛ばすのも、人間に危険。川に捨てれば、硫酸・硝酸などの化合物が魚を毒殺するよ。清流に畏敬を持たず、どこに座って何を食ったか解るほど、ゴミをそっくり残していく釣り人も然り。そんな人たちの居ない遅い秋から冬が良い。心をゆっくりと熟成しながら待つ浅い春も良い。夕方の陽射しのなかで、僕はしんとした気持ちで火を起こす。
青く燃える樹液を見つめながら、流行の買い物用エコバッグや、マイお箸のことなど、エコについて考えた。
石油資源を枯渇させるのはレジ袋より、高価なマイバッグや透明ゴミ袋で、なにより車の燃料だと言うし、マイ箸を持って割り箸を節約しても、それで森林が守られるわけじゃない。(割り箸は、優秀な焚き火の炊きつけになる)レジ袋はそのままゴミ入れに利用すれば、家庭の湿った生ごみを焼却する際のスターターとなる。これが減って誰も水切りをしなければ、生ゴミはガソリンを撒いて燃やされるんだそうな。
この「本末転倒」のその一方で、CO2排出権ビジネスがまかり通る、先進国日本の不思議を笑おうよ。全ては善良なる?企業のスローガン。ファッショングッズ界の新商売?分別分別と騒いだ末の、リサイクル行政の帳尻あわせ?脅し文句はいっぱいある。
「
地球温暖化だ!日本沈没だ!ダイオキシンだ!」
でもなんだか、怪しい匂いがして仕方ないのだ。これで儲けたい人の顔も、ちらりと見えてこないかい?マスコミ・行政・民間企業、リッチなあなた達が何リットルものガソリンをぶん撒いて走る高級車に乗って買い物に行き、20ミリリットルのナフサでできるレジ袋を節約して「ちきゅうにやさしい」と言ってるの。
じゃあエコバッグは、まさにエコロジーの免罪符だね。
たしかにレジ袋を止めると、年間60万キロリットルのガソリンが節約できます。でもこれは全体のわずか1%だって。しかも消費量は毎年増え続け、値上がりも止まりません。
これは今の世の中に唾する意見でしょうか。反論をお待ちしています。
焚き火の懐かしい匂いに深呼吸をし、火のダンスを陶然と見ていたら、たけちゃんがギターを抱えてやって来た。やーやー、川は良いね。そして焚き火を見て一言「さつまいも持ってくりゃ良かったなー!」おいおい・・・たしかに、君が無農薬で丹精したお芋は美味しいだろう。火の神さまのふところに放り込みたいものだね。