ガンと一緒に壊死してしまった腸の大部分を切除し、膀胱・腎臓の不全で尿道にカテーテルを入れている。これが血尿の血の塊で詰まってしまって、オシッコが出なくなるんだな。前回は救急で診てもらって即日入院だったから、今回も入院かな、と思って準備しておいたけど。止血剤や抗生物質や、その他僕には訳の解らない薬をいっぱい貰って帰ってきた。
「入院はもう嫌だ」と言う奥さんは、僕の弁当や掃除・洗濯の不憫より、猫達の世話のほうが不安であるらしいよ。あんたは一人で生きていける、という訳で、入院した場合の注意事項は猫のご飯充実とトイレの清掃のみである。もう一人息子も独立したから、そんなことは無いと思っていたが、親父の権威の失墜は猫でも起こり得るのだな。
桜が咲いたよ。一気だねー。
楽しみにしていた企画の半分は雨天中止だ。1日だけ炭焼きと木こりをして“与作”になりたかった人たちは残念だった。市長も議員も参加者が少ないと知ってか挨拶にも見えない。まあ、それを残念がる人はいないけども。

←“野外料理体験コーナー”といっても軒先にテントを建てて焚き火も小さく。
←僕も所属する“加治丘陵どんぐりの会”杉の間伐材による手作り表札の体験コーナー。僕も「みゆき楽団」の看板を作ったよ。お絵かき教室みたいだから、いつも子供達には人気がある。会では毎月、丘陵の北斜面の間伐や下草刈り、遊歩道作りなどの手入れをしている。僕はなかなか参加できなくてごめんなさい。加治丘陵どんぐりの会
←これは“シイタケの種駒打ち”をしているところ。500円を支払えば種木を持って帰って、ずっときのこ狩りを楽しめるのだ。
←“つる細工体験コーナー”ここも作った作品を有料でお持ち帰り。皆んな花びん入れや果物カゴを作っていた。
←“苔玉・寄植え体験コーナー”僕も苔玉は大好きだ。山を登って水のある谷間に下りれば綺麗な苔がいっぱい生えている。
3月24日、飯能市民会館小ホール。「NPO法人天覧山・多峰主山の自然を守る会」の法人取得記念イベントである。30年前に始まった市民の自然保護運動、守る会としての歴史は12年。あんまり名前が長いというので、天覧山のテンと多峰主山(とうのすやま)のタをとって「てんたの会」となりました。関東の低山ハイカーの聖地であるこの山に計画されていた団地開発が撤回され、最大の目的を達成した守る会。いよいよ、この蛍の里の「ナショナル・トラスト」に乗り出すのだ。市長さんや議会の議長も来賓の挨拶。むかし僕らが少しだけ関わったころには、山のゴミを拾う小さなサークルだったのだ。会の理事も70年代、日本のヒッピームーブメントを生きた人たちである。世界を旅してめぐり歩き、本当の故郷に帰ってきた。
動物も植物も鳥も虫も、周辺の湿地と水源を保全することで守られるんだね。ここに住む生き物達のスライドショーとナレーション、気持の良い音楽にのせて上映された。動植物の写真はいっぱい見たけれど、我が家からも見える飯能の山々に、彼らの命が一生懸命生きているのだと思うと、涙腺がじわっと感動してしまうのだ。これは貴重な天覧山の蛍だね。
会場の入り口には周辺の山の模型が展示されていた。僕らは皆んなこの天地で暮らしている。道を作り家を建て、自然をコンクリートで固めながらね。そうして街を作って生きてきた。でももう、生産性や経済の、裕福・便利な街よりも、自然と人との幸福な共存を個性とし、誇りとする時代がやってきたのだ。午後からの講演会では、「(GNP)国民総生産」に替わる「(GNH)国民総幸福量」を唱えた、ブータン王国のレポートが紹介された。
トシとハル、この会のテーマソングを歌ってくれた。ライフスタイルと思想自体が、歌い手としての自己表現である。僕らは皆んなそうありたい。彼らには司会者から、音楽と同時に生き方への賛辞が送られた。・・・この誇りである。
これぞ飯能では、泣く子も気絶する「ひのこバンド」なり。
「ヘーゼル、懐かしいヘーゼル」いま居るカリンはお前の生まれ変わりじゃなかろうね。落込んだりはしゃいだりの大人気ない僕を、なにか言いたげにじっと見る、その澄んだ目が良く似ているからさ。
「スカ、懐かしいスカ」うちでご飯を食べ眠ったあと、野原へ元気に飛び出して、見ている前で轢かれてしまった。血も流れず苦しみもせず目を開いたまま即死だった。当時は田舎道を飛ばすドライバーを怨んだけれど、これは僕の責任だ。彼は猫のいる人生の魅力と楽しさを、そして野良の命の悲しさを、存分に教えてくれた猫だった。そして半外の野良猫飼いを、僕に後悔させてくれた子でもある。その頃のボスだった「ジェッポ君」が毒を盛られ、瀕死でうちへ這って来たのもこの頃だ。キジトラおデブ、僕の理想のアイドルだった。
今日の読売新聞「都市の生物誌」というコラムです。千葉県の定時定点回収車に、飼育放棄した犬猫を放り込む飼い主の話だよ。全国では40ほどの地域ですでに実施済みだが、殺処分へ向かうトラックのオリに飼い主自らの手で猫を入れさせること。これが動物愛護への飼い主の自覚をうながす方法だと言うんだな。
←(あんたも大きくなったわね・・・)
2・3ヶ月に一度はカテーテルを抜き、新しいものと入れ替える処置をする。内視鏡室で小一時間、医師の腕にもよるが、この治療は強烈な痛みとの闘いであるらしい。初めは見学と称して、若い医学生がずらりと囲んで見ていた。受ける姿勢は出産と同じであるし、全部男性であったから、2回目からは思い切り拒否したと言う。しかし今でもこころざしの高き研究生が交代で来ては、ベテランの指導のもと「さあ、やってみよう」てなことで練習台にされるのだが。
11日の追記:昨日は1日遅れだけど、息子と義理の姉たちが集まってくれてささやかなお祝いだ。式も挙げず記念の写真もなかった僕ら夫婦の歴史に初めてのイベント。気恥ずかしいケーキカットなどしてみた。久しぶりに会う息子が買ってきてくれたので写真も撮る。理由はなんだって良いや。こうして集まって笑い合える日々が宝です。
裏山・公園・川原と川の中・SAもPAも「捨て猫の山」になってしまわないのかい?そこがワンにゃん天国なら良いが、病気になり飢えて虐められ、処分センターの窒息死よりも、もっとひどくもがき苦しみ死んで行く命が、平和な憩いの場に並んで横たわるよ。
ふーんだ!うちの子のほうが可愛いよ、である。テーマ:愛猫が書いている日記 - ジャンル:ペット