
ムーンは今日もお母ちゃんのお膝を独占。カリンは寒がってコタツで丸くなってる。二人ともうちの子になったのは最近だから知らないだろうけど、お母ちゃんは
子宮頸癌(シキュウケイガン)っていう病気だったんだぞ。
人間の家族のことなど書くのは照れ臭いから、お前達への「問わずネコ語り」形式であるゆえちょっと聞いとくれ。

「変だー!」と言いながら2年近くも放っといたから、解ったときは末期だった。医者は治りますと断言したがそれでも青くなったね。抗がん剤の辛苦に耐え、放射線治療の副作用で腸を半分以上ちょん切られても、発病から7年経ってみれば、ご覧の通り生きている。でも1年間の人工肛門生活を強いられ、今も続く消化器の異常は「しょうがない」とは言いにくい。
医療ミスだと騒いで裁判沙汰になどしないのは、どうにか命があったからだ。おかげで我が家の経済は破綻、僕も心が折れちゃってあまり行きたくはない病院の世話になった。ずっと我慢していた猫をまた飼おうと思ったのは、僕がそこから退院して来たその日だよ。
すぐに散歩の川原でカリンに出逢い、1年後にはムーン。お前も僕らのために来てくれたんだね。
お母ちゃんも家のことはなんとか出来るようになったし、随分年を重ねたが昔はさぞやと皆んなが言う程度の美人であれば、何も文句はないのだよ。残ったのは少し深まった家族の絆だ。お前達と共に居て、笑ったり泣いたり出来るのはその他の何にも換えがたい幸せです。
時々半日、お前達を放ったらかしにするのは月に1,2度の病院通いのせいだ。そのかわり、帰りにはいつもよりちょっと高い猫缶買ってくるだろ?
一人息子、お前達のお兄ちゃんも独立して職場の寮で頑張ってる。“けけっ”と笑うと中学生みたいなこの子が、パソコンソフト開発会社の派遣社員として看板を背負ってるなんて実に不安である。まあ父親から見れば50歳を越えた僕もまだ子供、同じように不安だろうから大きなことは言えないさ。


ムーン、お前もこんなに大きくなった。こうしてチビだった頃の写真を並べて思い出すのが好きなんだ。
お兄ちゃんやお母ちゃんの写真も並べたいけど、それをやったらきっと口をきいてくれなくなるだろう。
友人達も楽団の皆んなも職場の先輩も、こんな僕たち家族を辛抱強く待っていてくれた。
今、僕が楽しみそして頑張っていることはすべて、皆さんの支えなしには有り得ぬことです。
感謝しています。ありがとう、もう大丈夫だよ。