バンドブログの人たちが必ずやるのが「ギター自慢」である。僕は「猫自慢」ばかりしていて、大切なことを忘れていたのだ。演奏はしないけど、コレクターで楽器博士なんて人もいる。そんなサイトをあちこち見て歩いては、羨ましがったり勉強したり。ギターのウンチクはバンドの楽しみの半分を占めているくらい。そこで新しく「ギター自慢」のカテゴリーを作った。「家を売って買う一億円のバイオリン」・・・じゃなくても、僕らの楽器は生き方を表現する大切なステータスだ。野口五郎君や松崎しげるみたいにビンテージばかり100本持っています、なんて人はギター博物館でもやってもらうとして。ここでは僕らプア・ミュージシャンたちの、出会いのメルヘンを感じさせるギターの紹介をやって行きたい。
僕は今、3本のアコースティックギターを持っていて、1本は息子に託してある。同じく3本のエレキギター。そして1本のベースギターと2本のマンドリン。がんばって買った「フェンダー」と「マーチン」もあるが、ほとんどが、友達に貰った。ゴミ置き場で拾った。倉庫の奥から発掘した。フリマで値切りたおした。なんていう、まさに「特別」なやつばかり。しかし、リサイクルだとか、ジャンク再生品だなんて言ってはいけない。ギターリペア術というのは、木工・電気・音響工学を含む高度な工芸のいちジャンルであって、そこには「技術」も「道具」も「歴史」も、「愛」さえもあるのだ。
(少し前に、アーチドトップギターの名工「べネデット」の工房と作業風景がテレビに写った。山本耕史君の「ウルルン滞在記」だったが、僕は内容などそっちのけで、工房と美しいギター製作過程の映像に夢中になった。100万円を下るギターはない、こんな巨匠が手の内を見せるなんて!日本のテレビもやるもんだ。)
僕の持つギターの本数が多いかどうか、価値観でずいぶん変わってくる。僕にはまだ欲しいギターが何本もあるが、かつて
「お狂さん」のブログで、物質の価値と「足るを知る」生活について論じたおりだった。僕と同じくギター好きの、彼女のご主人のコレクションが槍玉に上がった。
「シンプルライフを貫いてもギターは増える。どうせ弾くのは1本なのに・・・」というわけだ。
いーえ、抱えて弾くのは1本でも、愛する気持ちは無限大でありますぞ。女性はお出掛けに一個しか持てないくせに、クローゼットの棚にはいくつものブランド・バッグを陳列したがる。
物が溢れかえって、「もったいない」というスピリットをよその国から教わるような日本では、家電も車も洋服も、修理・補修などは絶対にせず、全てはガラクタと成り果てる。それを思えば、大切にされ修理を重ね、いつまでも良い音を奏でる楽器たちは、すでに単なる物ではない。アート作品であり、演奏者の相棒であり、彼の宝物なのだ。
バンドの歴史の中で、本当に縁のある巡り会わせで手に入れたギターたち。あるいはローンを組んで、やっと払い終えた憧れの名品。これら、はげしく自慢すべきもの。
そろそろ長い能書きはやめて最初の一本を・・・

このギター、うちのマンションのゴミ置き場で、真夜中に僕を呼んだ。「粗大ゴミは自分で処理しましょう」という管理人のメッセージをぺたりと貼られ、捨てられる日を待っていた。僕は持っていた燃えるゴミの袋を放り投げ、そいつを抱えて走って帰ったのだ。
←このS・Yのロゴは見慣れないが、サウンドホールからはS・ヤイリのサインが見える。ビギンの「一五一会」で有名なK・ヤイリ(一男さん)の叔父(貞夫さん)の工房だ。
マーチンのD−タイプを意識したライン。音は乾いた鈴のようでとても良い。しかも相当弾き込まれている。フレットワイヤの減りを見て解るのだ。「良いギターだよ」と言ってあげたけれど、貰った人はその価値を知らなかったんだろう。錆びた弦が素人っぽく、ひどく下手糞に巻いてあった。ゴールドの糸巻ペグにはmade in westgermanyと書いてあるから、ドイツ統合の1989年以前の製作だろう。ピックガードが鼈甲柄で曲線美なのもなかなか良いね。大切に磨き込んで錆を落とし、一人暮らしの息子に預けた。写真は彼の部屋で撮って送ってもらったものだ。捨て猫みたいに僕を呼んだ可哀想なギターであった。息子よ・・・たまには弾いてくれているだろうか。